介護・医療が直面する3つの壁 – 改定で打開への道筋は?
この記事では、2024年度の医療と介護の同時改定における主要な論点である、医療費抑制をめぐる診療報酬改定率の議論、介護分野の深刻な人材不足と処遇改善の必要性、そして高額医薬品の費用対効果評価と適正使用の実現に向けた課題についてお伝えします。
介護人材確保-深刻な人手不足を前に
介護分野は深刻な人手不足に直面している。政府の将来推計によれば、2040年時点で必要とされる介護職員数は約280万人と想定されている。これに対して、直近の2021年度の介護職員数は約215万人にとどまっており、今後20年間で65万人もの大幅な人材増が求められる計算となる。
国の試算どおりに必要人材を確保するためには、介護職が他産業と比較して著しく低い賃金水準を抜本的に改善していくことが不可欠な課題として浮かび上がる。2021年の官民の統計調査によれば、介護職の平均賃金は約29万円と推計されている。これに対して全産業の平均は約37万円であり、少なくとも8万円の開きが存在する。都市部を中心に給与格差がより拡大する状況が続いており、介護職への応募者減少が極めて顕著な状況だ。
この深刻な事態を受け、政府は2023年度補正予算に月額6000円の賃上げ分を計上し、2024年度の報酬改定でこれを新設の処遇改善加算に織り込む方針を示している。しかし他産業との格差を考えると、今後も継続的な処遇改善が必要不可欠であり、安定的な財源確保が極めて重要な鍵を握ることになる。
医療費抑制への道-診療報酬改定の焦点
2024年度の診療報酬改定率は、2022年度の医療機関の収支データに基づき設定される。新型コロナウイルスの影響で2020年度と2021年度は例外的な動きを示した医療費であるが、2022年度の医療費の伸びは制度が把握できる最新のデータとなる。
しかし、2022年度から物価と人件費が大幅に上昇している現状を踏まえると、医療機関のコスト上昇に見合うよう、適切なプラス改定が必要不可欠である。医療従事者の人件費は医療機関の経費の5割以上を占めており、特に看護師や介護職員は他産業との賃金格差が依然大きい。過度に抑制的な改定を行えば、病院経営を直撃し、医療提供体制の崩壊にもつながりかねない。
他方で、高齢化の進展に伴う医療費の増大が喫緊の課題とされている。過去10年間のデータをみると、65歳以上の高齢者人口の増加率は1.2倍だったのに対し、同世代の医療費は1.5倍と明らかに大きく伸びている。今後も高齢者医療費の増大傾向が続くことが予想され、改定率抑制を支持する意見も根強い。
しかし他方で、過度な抑制策が現場に与える悪影響も看過できない。2000年度と2002年度に大幅なマイナス改定が実施された際には、多くの病院で経営が急速に悪化し、医師や看護師不足が一気に顕在化する事態も生じた。病床削減に追い込まれる医療機関が続出し、地域の医療提供体制へのダメージも甚大であった。医療の供給能力が損なわれる事態が今後も起こり得ることを肝に銘じ、冷静な議論が必要である。
費用対効果評価 – 適正使用の実現に向けて
近年、がんや認知症などの領域で、科学的根拠に基づく革新的な高額薬剤が相次いで承認されている。そうした状況下、新規薬剤の費用対効果評価を通じた適正使用の在り方が改めて問われている。評価結果に基づき薬価改定を行う制度はすでに稼働しているものの、診療現場での適正使用まで実効性ある形で実現できているとは言い難い。
第1に、各臨床医学会が作成する診療手順の指針にあたる「診療ガイドライン」への費用対効果の Perspectiveを取り入れることが求められよう。
第2に、ある特定地域の医療機関が共有する医薬品の使用推奨リストである「地域フォーミュラリ」で、高額薬剤を中心とした費用対効果評価の結果を提供し、使用の適正化を図ることが考えらえる。評価の指標や基準の設定にも課題が残されており、疾病の特性に応じた柔軟な運用設計が今後の検討課題として残されている。
改定議論を通じ、実効性ある適正使用の仕組み構築に期待したい。
参考記事①:日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD071IX0X01C23A1000000/
参考記事②:厚生労働省発表 https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001155178.pdf